コラム

松田健志 日本バプテスト教会連合 緑バプテスト・キリスト教会 牧師

「わたしたちには、伝えたいことがある」

「日本人の英会話が上達しないのは、『相手に伝えたい』と思うものがないからだ」ということを聞いたことがあります。文法がよく分からないからとか、英単語を知らないからとかいう理由ではなくて、「自分はこう考える」「自分はこういうことを大切にしているんだ」というような、「何としてでも相手に伝えたいんだ」というものを持っていないから話せないし、伝わらないのだ、というのです。最近もどこかのサイトでそのようなことが書かれているのを見ましたが、実はこういったことを私が初めて聞いたのは二十年以上も前でした。してみると、日本人は数十年もの間、「相手に伝えたいこと」を見いだせずに過ごしてきた、ということかもしれません。
私がイエス・キリストを信じて間もない頃に、こんなことがありました。牧師に聖書の学びを導いていただいて、いよいよ来週には洗礼を受ける、というある日のことです。郊外のある駅の駅前広場を歩いていますと、どこかの教会の若者たちが路傍伝道をしていました。それを見て、「自分と同じクリスチャンがいる」と思って嬉しさを感じながらその前を通り過ぎようとしたのですが、その中の一人の青年がわたしに近づいてきました。私に伝道しようと思ったのでしょう。そのとき、その青年が口を開くより先に、私は彼に語りかけていました。「実は僕、この間イエス様を信じたんですよ。来週洗礼を受ける予定なんです。教会は同じ市内の○○教会で、教会では奏楽の奉仕をしていて・・・」というようなことを、まくしたてるように彼に話しました。私はもともと、初めての人に話しかけたりするのが苦手だったので、そのような自分に自分でびっくりしました。「この人に伝えたい」ということを自分も持つようになったのだ、と思いました。
ラジオ放送でイエス様の福音を伝える。最先端の、人目をひく方法ではありません。では、そのような方法だから伝わらないのか? いいえ。伝わります。なぜなら、わたしたちは「何としても伝えたい」というものを持っているからです。
「私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。」(Ⅰコリント1章23節)

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