コラム

新田栄一 日本ホーリネス教団 名古屋城北教会 牧師

 牧師になる前に、私はマスメディアにかかわる職場で働いていました。その職場は大きな私立大学の入試広報の部署であり、その大学(N大)は昨年の春夏ころに、良くないニュースでマスメディアに取り上げられましたので、複雑な気持ちでした。広報の現場で働く人たちの苦労を思い浮かべたのです。
 さて、大学などの学校は基本的には企業のような営利追及をしませんが、それでも多くの受験生を集めようと、あの手この手で広報活動をしています。新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどに、広告料を支払って広告を掲載しつつ、記事の情報を提供するのです。なぜ広告を掲載するのかと言うと、広告そのものによる一般社会への売り込みはもちろんですが、広告代理店を通じてマスメディアとの関係を保ち、マスメディアが作る記事においても広告主(スポンサー)として良く扱われるようにするためでもあるのです。
 私は広報の仕事には伝道に通じることが多くあると考えています。私たち教会(や伝道団体)による伝道には、教会に直接かかわって来る人への対応とともに、社会一般への広い働きかけが重要だと思うのです。世の中のほとんどの人が、十字架による救いを知らず、教会の玄関に入る取っ掛かりもない現状において、私たちは広報活動によってキリスト教への印象を改良し続けて、広く浅くみことばの種を蒔くことが可能なのです。
 株式会社や学校法人などは、同業他社との競争のために広告料を支出しています。一方私たちは、教団を超える諸教会が、「競争」ではなく「主にある一致」をもって、放送伝道のための献金をしています。ですから、放送伝道献金は、いわば「聖められた広告料」だと思うのです。この資金をもって、私たちは営利ではなく伝道のために番組を作り、電波に乗せて隅々にまで届けることができるのです。
 マスメディアによる広報と、教会の一致という、放送伝道ならではの幸いに、今後もできるかぎりかかわらせていただきましょう。

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