コラム

日本アライアンス教団  名古屋キリスト教会  牧師 田中 忍

本年、七月、長野県南木曽町において豪雨により大規模な土石流が発生し、中学生の男子一名が死亡した災害が発生しました。その場所は、名古屋教会が長野県南部の開拓伝道の拠点として建設した南信州チャペルから一山超えた所にあります。災害に遭われた方々の生活はすでに回復されてきていますが、一緒に生きてきた一人の男の子を失った心の傷はまだ癒えていないことでしょう。将来において、避けることのできない自然災害に対して、どうしたらその土地に住む人々の命が守られていくのか。そのことを第一に考えて、対策を立てて、実行に移していくことが、男の子の死に報いることではないかと思います。

使徒パウロは、「神の御子キリストの死は、すべての人のためであり、わたしたちはその方によって、神の義を得ることができたのです。」とコリントの信徒への手紙Ⅱの五章十四節以下において記しています。すなわち、神はキリストの十字架での死によって、すべての人の罪を取り除き、神とわたしたちが和解することを可能にしてくださったのです。この神からの和解の良き知らせ、福音を受け入れ、救われ、新しい命に生かされて、福音のために奉仕する任務を果たしていくことが、わたしたちにおいてはキリストの死に報いることではないでしょうか。

キリストの教会では、毎週の主日礼拝毎に、キリストの死と復活を告げ知らせる説教と聖礼典を通して、和解の福音を指し示しています。それは、すべての人が神と和解させて頂くようにと願っているからです。しかし、その願いがいまだに実現されていな状況にあることをわたしたちは残念ながら知っています。キリストの教会に足を運ぶ人は、周囲に沢山の人が暮らしているにも関わらず、真に僅かであるからです。キリストの死を無駄にしないために、何とかしてすべての人に福音を宣べ伝えて行きたい。この願いにより放送伝道が始まり、今日まで続けられていることを思います。そして、将来においても、キリストの福音を伝えていくために放送伝道は、キリストの教会によってしっかりと支えられていく必要があります。

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