コラム

基督兄弟団 名古屋教会牧師 川津良知

「恵みの選びによって残された者」

2800年前、北イスラエル王国で活躍していた預言者エリヤの時代、エリヤが、イスラエルを神に訴えています。Ⅰ列王 19:10「私は万軍の神、【主】に熱心に仕えました。しかし、イスラエルの子らはあなたとの契約を捨て、あなたの祭壇を壊し、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうと狙っています。」

エリヤは、イスラエルのあまりの傲慢さ、心のかたくなさ、神を神としない、罪深いイスラエルに神の裁きを望んでいます。ところが、神様は、そのエリヤに、18節「わたしはイスラエルの中に七千人を残している」と答えています。

その残されたその7千人の人たちによって、イスラエルは、悔い改めて、滅びることなく、救われています。

また、パウロの時代にも、ローマ11:5「同じように今この時にも、恵みの選びによって残された者たちがいます」といっています。

その時代、ユダヤ人は、神に遣わされた救い主であるイエス様を十字架につけて、殺しました。そして、イエス様の弟子たちをも苦しめ、教会を迫害しました。しかし、神様は、滅ぼされることよりも、恵みの選びによって残された者たちによって、悔い改めて、救われることを望んでおられます。

今、イエス・キリストを信じている私たちクリスチャンも、残されたものです。私たちの周りを見る時、エリヤのように、神様に訴えたくなりますし、心のかたくなさ、耳を傾けようとしないだけではなく、何もわからず福音を馬鹿にしているその姿に心を痛めます。しかし、神様は、滅びることを望んではおらず、悔い改めて、救われることを望み、そして、私たちを残しておられます。そして、ラジオから流されている福音も、早朝であり、あるいは夜中でもあり、そしてとても短い時間です。だれが聞くのだろう。どれだけの必要があるのだろう。と思われます。しかし、残された者たちの、小さな働きが、一人が悔い改め、家族の悔い改めへと救いのわざが広がっていきます。

今年も、残された私たちによる神様の救いのわざに大いに期待して、祈りの手を挙げていきましょう。

カテゴリー