コラム
巻頭言 「ラジオ「世の光」はどんな所へでも届きます」
池上 泉 虹ヶ丘聖書教会 牧師 東海福音放送協力会 理事
私は岡山県の県北で生まれ育ちました。
私が生まれ育った所は、山と田んぼしか無いような田舎で、テレビもケーブルテレビがなければ映りの悪い2局しか見ることが出来ない所です。そんな所に住んでいたので、教会があることすら知らないで生活していました。
結婚前に妻が初めて私の生まれ育った所に来た時に「こんな田舎初めて来た」と言った事や、神学校の同期入学で同県出身の方が「あんな所で育って、よく救われたね」と仰られた事は忘れられません。
私が中学2年生になった時に、私が住んでいた市の中学校の再編で、家から十キロメートルほどの所に新しく出来た中学校に通うようになり、新しい中学校で出来た友人に誘われて教会の存在を知り、ラジオだけは聴くことが出来たのでラジオ「世の光」や「ルーテル・アワー」を聴くようになりました。
友人と競うようにラジオで福音放送を聴きました。福音放送を聴くようになって、山と田んぼしか知らなかった私がイエス様と出会い、救いの恵みに与る事ができました。
昨年2月に東北ケズィック・コンベンションにオンラインで出席しました。説教者が、こんなお話をしてくださいました。
ある時、他の地域で行われたケズィック・コンベンションに参加しました。それは美しい島で行われていました。その時に泊めて頂いた所は海抜二メートルの所に建っている家でした。そこで心配になって、その家の家族に、今、地球温暖化が進んでいるので海面が上昇して行く事になるけれども、何か心配はありませんか、と尋ねました。その問いに対して、その家族は、えっ!この地域で、そんな事を言う人は誰もいませんと言ったと言うのです。
ラジオの電波は、どんな人の所でも届きます。入院している人、仕事などの都合で教会に通うのが難しい人、生活圏に教会がない人、生活環境の厳しい人、ポツンと一軒家に住む人の所へも福音放送は届きます。私たちが思っている以上に福音放送を必要としている人がいるのではないでしょうか。
今年もラジオの電波は、色々な人の所に届きます。ラジオを聴いて救われる方が起こされるように祈り続けたいものです。
しかし、信じたことのない方を、どのようにして呼び求めるのでしょうか。聞いたことのない方を、どのようにして信じるのでしょうか。宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのでしょうか。(ローマ人への手紙 10章14節)